
氏名 | 馬野 裕朗 |
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出身 | 鳥取県琴浦町 |
移住年 | 2024年1月 |
年代 | 50代 |
家族構成 | 妻と娘 |
職業 | テランガcafe運営 |
琴浦暮らしを始めるまでは、何をされていましたか?
10代 | 高校三年生まで鳥取県琴浦町で暮らす 18歳で上京、大学ではフランス文学を専攻 |
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20代 | 外国語学校にてフランス語や英語を教えたり通訳の仕事をする |
30代 | 雑誌エコノミストに掲載されていた西アフリカの貧困問題になにか貢献したいとイギリスの大学院に留学、卒業後国際協力の仕事を始める |
30〜50代 | 2024年1月末まで約24年間、外務省やJICA、国連機関と連携して、アフリカを含む途上国において、主に教育分野の支援を行う。 例えば、現地の行政、先生や親たちと一緒になって、小学校や中学校の子どもたちの教育環境をよくしていくサポートを行った。 |
現在 | 2024年1月末に琴浦町にUターン。家業の商店の形を残したまま、老若男女問わず気さくに集まれる飲食店『テランガcafe』を馬野ストア内にオープン |
琴浦町にはなぜ、Uターンを?
今から5,6年前から考え始めました。親も歳をとってきているし、琴浦町で、なにか自分に少しでも出来ることがあるならやってみたいと考えていました。近年は地方のスーパーがどんどん無くなっていて、特に過疎地域では高齢者の生活が脅かされているという話を見聞きしました。僕の家は馬野ストアという80年以上続く商店を経営しています。この店は、近所のおばさんたちがお買い物に来て、お喋りをして帰っていくような場所なんです。なので、この店を、過疎地域の問題の解決の糸口にできるのではないか、と考えました。これまでやっていなかった食事の宅配や商品やお弁当の移動販売、高齢者の方々の健康維持にお役に立てたらと食事を提供する場を作ることなどを考えました。店の機能を残したまま、食事や飲み物を提供するサロンみたいな機能を加えれば、より多くの人が気軽に寄れておしゃべりしたり、楽しい時間を過ごせる場になるんじゃないかなと思いました。だから、帰ってきたらこれまで通りに商店の機能を持つ居場所をここで作りたい、と思ったんです。食事の宅配や商品の移動販売も考えましたが、全部は一気にできないので、まず老若男女が気軽に集まれる場所づくりをスタートすることに決めました。

これまでの商店の場所のまま住宅街の中にオープンしたテランガcafe
ご家族とも相談はされましたか?
コロナの期間も含めて、家族とも長い期話し合いました。今は僕が1人でこっちに来て、妻は東京で、娘はシンガポールで仕事をしています。妻はアフリカンプリントを使った雑貨屋『Petite africaine(プティット・アフリケーヌ)』を10年以上運営しており、彼女の作った商品を東京のお店を中心にポップアップショップやネットで販売しています。家族3人、お互いに琴浦、東京、シンガポールを行ったり来たりしています。

人目を引くデザイン『Petite africaine』の商品は店内でも販売している
琴浦町にUターンされてからは、どんな生活を?
2024年の1月末にUターンで琴浦町に帰ってきたんですけど、それから11月5日の店のオープンに向けて、ずっと1人で店内の改築をしていました。ほぼDIYで改装したんですけど、もともとそういうことが得意だったわけでもなくて、電動ドライバーを持ったのも人生でこのときが初めてでした。ペンキを塗るも一苦労で、天井を塗るとき、落ちてきたペンキでメガネも髪も全身真っ白になってしまったり。床もプレートが貼ってあったので、それを剝がし、接着剤を電動グラインダーで削ったら必要以上に深く削ってしまったり…。はじめてのことばかりで毎日「失敗しちゃったな、自分でやらなきゃよかったな」って、後悔しながら作業を進めていました。北海道にいる僕の友人の建築家に、写真や動画を送って、遠隔で、「こんな感じでいいかな?」って相談しながらやっていました。が、いつも心配な気持ちを持ちながら作業の日々を送っていました。

地域の人に愛されていた商店の面影もそのまま残している
孤独な作業だったんですね。どうやって乗り越えたんですか?
琴浦町に帰ってきてからは、改装作業はずっと1人で不安な気持ちのまま孤独にやっていて、何度も気が滅入っていました。なので人に会うために、意識的に、頻繁に総合体育館の体幹教室や古布圧の森トレに参加していました。そこに行ったおかげで、体を整えるだけではなく、人と会って、教室の前後でおしゃべりをできて、うれしくなって、楽しくなって、心を安らかにしてくれました。
久しぶりに帰ってきた琴浦町は、やっぱり海がきれいだな、大山は雄大だなって感じました。とても魅力的に思っていたんですけど…僕の心は暗かったんです。何も経験のない自分がDIYで店の家具類を1人で組み立てられるのだろうか、飲食のお店を本当にオープンできるのだろうか。そういう心配を抱えながらやってきていたので、ずっと不安だったんです。オープン1週間前は、どこかに逃げたいくらいでした。だから、総合体育館の皆さんや古布圧の皆さん、気にかけてくれてる地域の方々と交わりながら、何とかやってこれたなって気持ちがあります。

開店祝いに駆けつけてくれた地域の方々
これからの琴浦町でやってみたいこと
毎日夕方4時ごろから5時まで、子どもたちが勉強をしに、テランガカフェにやってきてくれます。店のオープン前から、前を通りかかる子どもたちに「店ができたらここで勉強しにおいで」と言っていたら、本当に来てくれたんです。だから、子どもたちがここに勉強しに来てくれるのが、とてもうれしいんです。
今後、このテランガcafeを使って、店の終わった夕方に、サークル活動ができたら、と考えています。例えば、三味線や民謡サークルで夕方に集まって、わーっと大きな声を出して歌う。日常的に大きい声を出すって機会があまりないですし、すごく身体にいいし、気持ちがいい。それから30年以上稽古している武道「新体道(シンタイドウ)」も一緒にやりたいです。全身を開放できて気持ちがいいです。
まだまだカフェを運営するだけで手いっぱいなんですけど、もう少し時間が経って、体が慣れてきたらやっていきたいと思っています。

地域の学生たちが宿題をできるようにスペースを開放している
これから琴浦町に移住を検討されている人に一言
困ったことがあったら、ひとりで悩まないで、率直に助けを求めてみてください。遠慮をせずに助けを求めてみると、結構多くの人が「いいよ」って言ってくれます。僕も実際に移住する前に何度か役場の方や近所の人に相談したとき、親身になってサポートしてくれました。それがすごく僕にとって励みになりました。なので、声をあげて助けを求めるっていうのが大事だと思います。どうか、孤独な中で1人でがんばらないでくださいね。

ランチ時にはあたたかくておいしいお料理が揃う